京都の狂言師、五世茂山千作さんが死去、伝統芸能を支えた功績とは

伝統芸能「狂言」一度は歴史の授業で聞いたことがあるのではないでしょうか。

古き良き伝統を支えた狂言師、五世茂山千作さんが死去しました。

狂言界にどのような影響を与えてきたのか、伝統芸能を支えた功績とはどの様なものだったのか、まとめていきます。

 

プロフィール

【名前】五世 茂山千作(しげやま せんさく)

【本名】茂山 正義(しげやま まさよし)

【生年月日】1945年7月6日(74歳)

【流派】大藏流

【受賞歴】

『京都市芸術新人賞』

『京都市文化功労者』

『文化庁芸術祭賞大賞』

『旭日双光章』

 

4歳の頃に初舞台を経験し、20歳で「釣狐」を披く(※)しています。

狂言を新しい世代に広めようと積極的に活動していました。

伝統文化を守りつつ、新たな世代をへ繋げており、狂言界を支えてきました。

修行の段階ごとに課題となる曲を披露することを「披く(ひらく)」といいます。

引用元:文化デジタルライブラリー

 

茂山千作の狂言とは?

茂山千作の狂言は、繊細さを見せつつも、ダイナミックでユーモラスな狂言を魅せ、観客を魅了します。

新作狂言にも積極的に取り組み、ヨーロッパ・アメリカ・東南アジアなどの海外公演にも参加しています。

 

伝統芸能を護りつつ、新作では自由奔放な演技で、その演技の様子は「狂言」を身体で表現するような演技を見せます。

 

行減の流派「大藏流」とは?

流祖玄恵法印(1269ー1350)。二世日吉彌兵衛から二十五世大藏彌右衛門虎久まで700年余続く、能楽狂言最古の流派。

猿楽の本流たる大和猿楽系の狂言を伝える唯一の流派で、代々金春座で狂言を務めた大藏彌右衛門家が室町後期に創流した。

引用元:wikipedia「大藏流

 

明治維新で一時衰微していましたが、京都で茂山家が流派を支え、現在に至ります。庶民的な親しみやすい芸風となっています。

過去に大藏流から、人間国宝が認定されており、三世茂山千作・四世茂山千作が認定を受けています。四世茂山千作は、2007年に狂言界で初の文化勲章を受章しています。

 

『京都市芸術新人賞』『京都市文化功労者』とは?

昭和60年に『京都市芸術新人賞』を受賞し、平成15年、平成20年に『京都府文化賞功労賞』受賞

 

京都市では,本市出身者又は本市内において活発な文化芸術活動を行い,全国的にも評価を高め,将来を期待される方々に「京都市芸術新人賞」を,また,同じく京都市内で活動を行い,新人の育成又は芸術に係る活動環境の向上に多大の功労があった方々に「京都市芸術振興賞」を授与し,その功績を称えています。

引用元:京都市情報館

 

 

『文化庁芸術祭賞大賞』とは?

2008年には『文化庁芸術祭賞大賞』を受賞しています。

1946年(昭和21年)から文化庁の主催(文化庁設置前の1967年(昭和42年)までは文部省の主催)により、毎年秋に日本国内で行なわれている諸芸術の祭典。

ここでは1985年(昭和60年)から一時期、文化庁主催により設けられていた「芸術作品賞」についても述べる。

 

『旭日双光章』とは?

平成28年には『旭日双光章』を受賞しています。

旭日章は社会の様々な分野における功績を対象としている。産業や文化の振興・発展に寄与した者だけでなく、地方自治における功労、適正な納税の実現に寄与した功労なども含まれる。

引用元:weblio「旭日双光章」

 

最後に

伝統芸能を護り続けることは生半可なものではありません。

続けていくには新たな世代に伝えていく必要があります。伝統を護りつつ新しい要素を組み込んで伝えていかなくてはいけません。

 

五世茂山千作さんは日本だけでなく、世界各国でも公演を行っており、日本の文化を伝えてきました。

 

安らかにお休みください。

 

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